常設展示(3 武士と民衆)

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ページ番号1001827  更新日 平成29年9月15日 印刷

出来事
建久8年(1197) 矢木(八木)の地名が文献にはじめて見られる
正和4年(1315) 安蒜家の板碑建立される
応永年間(1394~1428) 本土寺過去帳に桐ヶ谷の地名が見られる
永享9年(1437) 高城氏の名が本土寺過去帳で見られる
天正18年(1590) 小金城落城(支城の前ヶ崎城・花輪城なども開城)

板碑の写真

 平安時代の終わりから室町時代の終わり頃までの時代は中世と呼ばれ、武士がその勢力を伸ばした時代です。
 当時の流山も武士たちによって支配されていました。文献に名前が残る高城氏も、現在の松戸市にあった小金城を拠点として、流山周辺一帯を支配していた武士の一族です。
 一方、民衆の暮らしも変化します。銭による品物の売買が一般的になったのもこの時代です。銭の多くは中国大陸から輸入されて使われました。遺跡の中には大量の銭が1か所にまとまって出土する例も見られます。
 ほかにも墓や板碑が見つかり、中世の人々の死に対する考え方を理解するための貴重な資料となっています。

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