福島県相馬市
福島県相馬市(ふくしまけんそうまし)
昭和52(1977)年1月14日に、流山市の市制施行10周年を記念し姉妹都市の盟約を結びました。
概要
「相馬野馬追」や、「民謡の宝庫」としても有名な福島県相馬市。県の東北端に位置し、西に阿武隈山地、東は太平洋を臨む自然に恵まれたまちです。JR常磐線と国道6号線が南北に走り、古くから福島県の沿岸地域における交通の要衝、また文化の中心としても栄えてきました。
こうした地勢や資源を生かした農業、水産業、観光がさかんなほか、工業の分野でも、重要港湾相馬港を拠点とする相馬中核工業団地(総計632.5ヘクタール)を造成し、優良企業の立地促進を進めています。
【 市 制 施 行 】 昭和29(1954)年
【 盟約締結日 】 昭和52(1977)年1月14日
<<アクセス>>
【 鉄 道 】 JR東京==(東北新幹線・約1時間40分)==JR仙台==
(常磐線※途中「亘理」より常磐線代行バス・約1時間40分)==相馬市
【 自 動 車 】 流山I.C.==(常磐自動車道経由・約4時間)==相馬市
歴史と流山市とのつながり
相馬市の歴史は古く、市内には旧石器時代の椎木北原(しいのききたはら)遺跡や、有力な豪族のものとみられる古墳が点在し、その歴史を物語っています。
中世、垣武平氏の流れを汲む相馬師常が奥州合戦に従軍し、その功により相馬氏がこの地方を治めるようになりました。江戸時代初期には中村城を核とした近世城下町が形成され、このころから相馬市の発展が始まりました。こうして相馬氏が統治した鎌倉時代初期~明治維新の約700年の間に育まれた文化と伝統は数多く、中でも相馬野馬追や相馬民謡は全国的に知られています。
相馬氏は本拠を下総(流山市周辺)に置いていて、6代相馬重胤が元亨3(1323)年に相馬に移住しています。本市とはこうした縁で、昭和30年代頃から市民間の交流が盛んに行われ、友好親善都市の関係を経て、姉妹都市盟約締結に至りました。
まち自慢
相馬野馬追(そうまのまおい)
一千余年の歴史を誇る相馬野馬追は、相馬氏の遠縁にあたる平将門が行った原野の馬を捕らえる軍事訓練と、その馬を神前に奉納したことを由来としています。 史跡中村城跡での総大将の出陣式を皮切りに、500余騎の騎馬武者が3日間にわたり戦国時代絵巻を繰り広げます。壮麗な「お行列」、花火で上空に打ち上げた御神旗を騎馬武者たちが争奪する「神旗争奪」の熱戦、甲冑姿の若武者による「甲冑競馬」など多くの見どころを楽しみに、毎年全国から多くの観客が訪れています。
豊かな自然を残す景勝地・松川浦
古くは万葉集にも登場する松川浦。江戸時代には中村藩の遊休所(リゾート)として賑わいました。宇多川と小泉川の河口にできた潟湖で、季節の移ろいのなかで、また夜明けから夕暮れまで、さまざまな表情で訪れる人を魅了してきました。
松川浦は貴重な動植物の宝庫でもあります。ハマナスやコハマギク、河口の広大な葦原、そこにやってくるシギやチドリなどの渡り鳥の姿も数多く観察できます。絶滅危惧種「ヒムマイトトンボ」が生息していることも、松川浦の豊かな自然環境の証といえるでしょう。
津波の被害を受け、現在はかつてのような姿を見ることはできませんが、周辺の宿泊施設をはじめ、市民、全国からのボランティアの方などが、復興に向け力を合わせて歩んでいます。
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