ぐるっと流山 ヂンガラ餅行事

ページ番号14666 更新日 平成25年2月1日

流山市指定無形民俗文化財の「ヂンガラ餅行事」 今年も豊作間違いなし

餅を奪い合う

 「わっせ!わっせ!餅を上げろ」社殿内に響く大きな掛け声と飛び散る汗。裸の男衆がさらし一枚で餅を奪い合い、その餅の割れ具合により、その年の農作物の作柄を占う「ヂンガラ餅行事」が、1月13日(日曜日)三輪野山の三輪茂侶神社で行われました。古くから伝わるこの祭事は、昭和52年に流山市指定無形民俗文化財に指定されています。


神事の様子

 神殿には、8升の御神酒と8升の鏡餅(上3升、下5升の円い重ね餅)、野菜や果物、海産物など8種類の供物が供えられ、縁起がいい末広がりの「八づくし」です。社殿には同神社の氏子ら約20人が集まり大太鼓を合図に式典が開式、諏訪神社の上田権禰宜(ごんねぎ)により献餞の儀、祝詞(のりと)奏上、玉串奉天などが、習わしにのっとり厳粛に執り行われました。式の後には「トウ渡し」と呼ばれる次の年番への引き継ぎが行われました。


餅を奪い合う男衆

 畳を上げ、危険防止のためガラス窓も外され「餅取り」の準備が整うと、再度、社殿内の大太鼓が打ち鳴らされ、本日の主役の男衆が鳥居をくぐり、提灯で飾られた参道を荘厳な雰囲気で歩き登殿しました。当日は良い天気となりましたが、真冬のこの時期、男衆は暖房など一切ない社殿内で半てんを脱ぎ、さらし1枚の裸になりました。直径40センチある5升の餅が男衆のなかに投げ入れられると、「ワッセ、ワッセ」と掛け声をかけながら、「餅を上げろ!餅を上げろ!」と、餅を奪い合い、ひとかたまりとなって右へ左へと揉み合いが続きます。


外に飛び出して餅取り

 激しくぶつかり合う男衆の額や背中には汗が流れ落ち、社殿内は大きな熱気に包まれました。今年は乾燥していて餅が固かったためか、約40分ほど餅を奪い合った後、柱に何度もぶつけてようやく割れました。きれいに割れた餅を見て、上田権禰宜(ごんねぎ)が「今年も豊作間違いなしです。誠におめでとうございます」と述べると、会場は大喝采。割れた餅は、餅取りに参加された男衆に配られ、これを食べることで風邪をひかないといわれているそうです。


餅は真っ二つに

 また上田権禰宜(ごんねぎ)から「今年は巳年です。一般的に蛇というと気持ちが悪いといわれていますが、三輪茂呂神社が祀っている大物主(おおものぬし)は蛇神で、水神または雷神としての性格を持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造り(醸造)などの神として信仰されています。蛇は脱皮をして成長する生き物です。神社にとっても流山市にとっても成長がある良い年になると思います」とお話がありました。


観客に割れた餅を披露

 今回初めてヂンガラ餅行事をご覧になった、三輪野山にお住まいの中村美絵さんは「ずっと流山に住んでいますが、今日初めて見て感動しました。男の人たちが餅を奪い合うその迫力に圧倒されてしまいました」と話してくださいました。
 小さいころからこの行事をご覧になっているという、三輪野山にお住まいの川嶋亜希子さんは「初めて行事を見に来たときは、年配の方ばかりで、餅を奪い合っている姿も見えませんでしたが、最近は若い方も増え、外で見ている人たちの前にも飛び出してくれるので、お祭りらしさがあっていいですね」と話してくださいました。


日刊スポーツ新聞の金子さん

 またこの日は、「自転車でニッポンの元気を探す」をテーマに全国で取材を行っている、日刊スポーツ新聞社の金子真仁さんが取材に来てくださいました。金子さんは、昨年10月8日に仙台を出発し青森に向かい、被災地を回りながら南下しています。流山に来たこの日は、取材を始めて101日目ということでした。


目印のスカイブルーのユニフォーム

 金子さんは、「被災地を励ますことができればと全国を取材していますが、実際に行ってみると被災地の方が元気がある気がしました。今日この行事を見て、首都圏でこれほどの盛り上がりを見たのは初めてです。東京に近い場所で、このようなところが残っていたのだとビックリしました」と話してくださいました。
 ヂンガラ餅行事の様子は、日刊スポーツ新聞社のホームページでもご覧になれます。写真のユニフォーム姿の金子さんを見かけた方は、温かい声援をお願いします。


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