ぐるっと流山 第2回ふるさとの史跡めぐり「路傍の石神仏を訪ねて‐2」

ページ番号1018708  更新日 平成30年6月13日 印刷

写真:出発前の参加者のみなさん

 平成30年5月30日(水曜日)、第2回ふるさとの史跡めぐり「路傍の石神仏を訪ねて‐2」が開催されました。このイベントは、市内に残る石神仏をめぐり、鎌倉時代からの民間信仰の足跡をたどるものです。今回は北部公民館のある美原地区から平方、中野久木、南に点在する30基にも及ぶ石神仏をめぐりました。 

写真:石神仏をめぐる皆さん

 史跡ガイドの会の田村会長から、北部地区の石神仏の解説を聞いたあと、参加者30人が史跡ガイドの会の案内のもと約5キロメートルの距離を歩きました。
 観音堂の奥の旧家の墓地にある板碑は、弘安10年(1287年)の銘がある市内で最も古いもので、県の有形文化財に指定されています。使われている石材は、荒川域長瀞周辺(秩父系)で見られるもので、鎌倉時代から次第に、武家から民間信仰へと広がり供養するようになってきたものだといいます。

写真:痘瘡神塔

 流山街道に出て少し北に行くと、この地区にオランダから輸入した馬を供養するために建てられた「オランダさま」があります。
 その後、香取神社の庚申塔から斜面樹林の坂道をくだり、橋の袂の道祖神と、邪鬼を払うことから庚申信仰の主尊となる平方青面金剛を見ました。碑の一つには痘瘡という文字もあり、痘瘡神塔であることがわかります。

 

写真:牛頭天王碑

 次に、整備された階段を登り愛宕神社から新川小学校を左に見ながら、北から小屋に向かい流山街道に出ると神明神社の入り口に、ショケラを持った庚申塚があり、社の裏に回ると水準点を示す標石があります。
 最後に、南福祉会館の横を通り畑のなかの分かれ道におかれた牛頭天王碑を見て解散となりました。 

写真:石神仏をめぐる皆さん

 また、住宅の開発に伴い移転された石碑も多くあり、最近では三年前に北部物流開発事業により神明神社に弁財天宮が移転されました。
 イベントに参加した人からは、「流山に住んで30年になりますが、地域のことを何も知らないことに気がつきました。この催しを機会に勉強してみようと思います」との感想がありました。

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